竜の軌跡

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  --4--  

「認めさせてやるだと?」
 ふっと双幻が鼻で笑う。
「どうやって? 剣技か? キジュツか?」
 レイはぐっと口をつぐむ。剣技は当然、キジュツなんて知らないし、やったこともない。
「キジュツは、気術、魔法みたいなもの。自然の力の一部を借りて使う、特殊技能」
 隣からセツがこっそり教えてくれる。魔法だなんて、わかったところでできるとは到底思えなかった。
 怒りと反論できない自分への苛立ちで、レイは双幻を黙って睨みつける。双幻は金色の目を細めて苦笑した。
「やれやれ、この程度の挑発も流せないとはな。威厳がなければせめて冷静さくらいは持ち合わせてると思ったが」
「挑発?」
 試されてたわけか。
 海神わだつみ とレイが双幻を睨みつけたまま、沈黙が続いた。嫌な雰囲気のまま会場の空気が止まる。
 しばらくして、沈黙を破ったのは双幻だった。
「王玉がお前を王と認めたからには私もそれなりの働きをさせてもらうが、私はまだお前を認めていない。そこはよく覚えておくんだな」
 強い口調でそう言うと、双幻は会場から出て行く。会場の扉が閉まると、静まり返っていた会場がざわざわと騒ぎ出した。
「双幻はああいう堅物なんです。根は悪いやつではないのですが、言葉が少々きつすぎるところがありますね」
 隣にいた穹天が笑い混じりに言った。悪いやつではないと言われても、今のレイには双幻を信頼できる人と認めることができそうにない。
「さすがに外れクジなんてひどいよ。そりゃ、頼りがいありそうな人だけど、なんか恐いし」
 ぼそっと呟くと、海神が申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「申し訳ありません。清風様が生きていたころはもう少し穏やかだったのですが……清風様がいなくなってからはあのような態度でして。どうか責めないであげてください」
 大切な人を失って、心が荒んでしまったのだろうか。レイもその経験がある。ほんの少しだけ、双幻の気持ちがわかる気がした。
 あの恐ろしいほどの威厳を持った双幻が穏やかに喋るところはどうしても想像できなかったが。
「そういえば、前王……清風様はどうして亡くなったの? ずっと疑問に思ってたんだけど」
 訊きづらいことだが、知っておかないといけない気がして、レイはそっと海神たちに尋ねてみた。それはレイがこの世界に来ることになった原因でもある。
 案の定、海神は辛そうに目を伏せ、穹天はそっぽを向いてしまった。事車なんかは食事に夢中……のフリをしている。最後にセツに目を向けると、彼は仕方なそうに笑って答えてくれた。
「殺されたんだよ。……呪いによってね」
「呪い?」
 呪いといえば、前にドラマで見た、真夜中に公園で藁人形に釘を打つ女性の姿しか思い浮かばない。
「呪いっていうのは特殊な術なんだ。強い憎悪と闇の力がないとできないし、リスクも大きい。その分、本人にも周囲にも気付かれず、確実に命を削っていくことができる」
「強い憎悪って……そんな、誰が?」
 セツは首を横に振った。
「誰がやったのかは、まだわかってない。呪いの軌跡がわずかに残っていたから、玉衝の国の誰かって事はわかってるんだけど。だから双幻もピリピリしてるんだよ」
「本人にも周囲にも気付かれないなんて。そんな恐ろしい術があるのか……」
 もし自分が呪われていたら? 考えるだけで恐ろしい。想像して固まったレイを見て、セツは苦笑する。
「心配になるのはわかるけど、これは異例だよ。呪いを使える闇属性の人自体が少ない上に、呪いの対象の血が必要だったり、実際はかなり難しいみたいだし。清風様は自分から戦場に赴いちゃう人だったから、どこかで血を採られたりしたのかもしれないけどね」
「戦場に赴いたって……だって王使獣を五匹も従えてたんでしょ? 王がそこまで身を危険に曝す必要ないのに」
 つぶやいたレイに答えたのは海神だった。
「王使獣は特別な存在です。ずっとお側に置いておくわけにはいかないんです」
「え、そうなの?」
「レイ様はまだ契約してないから良いのですが、契約すると、王使獣は王の力を吸収して力を得ます。王の魔力のようなものですね。使獣が影陣えいじん――使獣が行き来する特別な空間に戻っているときは大丈夫ですが、こちらにいるときは、王の力を吸います。だから常に側に置いておくというわけにはいかないのですよ。だからといって王自ら戦場に赴く必要はないのですけどね」
 亡き王を思い出したのか、困ったように海神が言う。
「王使獣が吸収する王の力? それって俺にもあるのかな」
 海神は大きく頷いた。レイの腕の側で料理のおこぼれをもらっていた事車もこちらを向いて頷く。
「だからさっきぼくが言いましたように、レイさまには王のもつちからがちゃんとあるんですよ」
「あぁ、事車は力がわかるんですよね」
「気術とかいうのも、俺にできる?」
 できますとも! と海神が微笑んだ。
「王なのですから、それに見合った力があるのです。レイ様はどんな属性なんでしょうね。楽しみです」
「属性って」
 レイが言いかけたところに、一人の兵士が走って来た。肩で息をし、とても慌てているのがわかる。海神をまっすぐ見上げたところをみると、海神に用があるようだった。
「どうしました」
「あの、玉衝ぎょっこうから使いが……」
「なに」
 海神の顔に緊張が走る。
「わかりました。すぐに行きます。セツ、レイ様を」
 セツが頷くのを見て、海神は慌しく会場を去っていった。床から少しだけ浮いて。いや、飛んで。
「あー飛べたんだ」
 と、いうことは今はどうでもいい。
「セツ、俺は行かなくていいの? 玉衝って確か、敵国だよね。ここから近い?」
「行かなくていい。王は顔を知られない方がいいからさ。玉衝は、ここ天権から南東に位置する国。揺光りょうこうの隣」
「南東……ここの地理まだよくわかんないんだけど」
 セツは首を傾げた。
「地理のこと、教わってないの? まぁあのおっちょこちょい護使のことだからなんとなく想像はつくけど……どれくらい聞いた?」
「えっと……王使獣のことと、玉衝に襲われてるってことと……」
「あー、わかった」
 軽く額を押さえ、セツは立ち上がる。
「オレが教えてやるよ。知らなきゃ困るもんな」
「うん、そうしてくれたら助かるかも」
 習慣的にレイは食べ終わった皿を重ね、それを見て苦笑するセツについて会場を後にした。穹天と事車が後から付いて来る。会場に集まった人たちの視線がレイに集まったが、気にしないようにして食堂を抜けた。
 会場を出るとすぐに、慌しく走り回る兵が目につく。玉衝からの伝達とやらのせいか城内はやけに騒がしい。セツは気にした風もなく、城内の一室にレイを案内した。
「ここがオレの部屋。どーぞ」
 大きな金属の扉を開けられ、中に入る。 
「寒っ」
 入った途端、外との温度差に身震いした。とても、寒いのだ。
「あ、寒い? オレ暑いの苦手でさ。ちょっと冷却させてあるんだ。ついでにこれも冷却効果付き」
 言いつつ、彼自身が身につけている長いマフラーを示す。それほどこの国は暑いのだろうか?
 セツの部屋は、レイが最初に飛び込んだ部屋とは違い、きらびやかさは五十パーセントほどオフで、全体的に白でまとめられた色調だった。ポツポツと置かれている趣味の悪い透明なオブジェも相まって、寒さが増しているように感じる。
 セツは、ガタガタ震えているレイに上着を渡し、近くのソファに座るよう促した。それから、本棚から一枚のポスター大の紙を持ってきて、これまた透き通った机上に広げる。
「これが龍の国」
 そこに描かれていたのは、日本に似た形の列島図だった。
 しかし、よく見ると、日本の形とは微妙に異なる。右上に東西南北を示す記号があり、島の向きも日本とだいたい同じ。だが、北海道の部分がひとまわり小さく、龍の頭のような形をしている。意図的なのか、偶然なのか、龍の目にあたる部分には小さな湖があり、本当に龍の目のようになっていた。日本地図でいう九州地方は、尾のように細長い。というか、全体的に龍だった。島が長い龍の姿をしている。
「あ、だから龍って名前なのか」
 納得。
「ここがこの国、天権てんげん
 セツが示す。ちょうど龍の頭にあたる部分、日本地図でいうなら、北海道。そこに漢字で『天権』と書かれていた。
「敵国、玉衝はここ」
 天権から南、日本でいう東北地方の青森の東半分、岩手、宮城、福島あたりが玉衝。つまり、天権の下だ。
 ついでに、その西側、青森の西半分、秋田、山形あたりが揺光という国だった。面積的には、揺光の方が大きいようだ。
「さらに南に下って天旋てんせん天樞てんすう開陽かいよう天幾てんき。合計七国」
 全体的に見ると、開陽の面積が一番広かった。といっても、どこの国も面積にそんな違いはないので、わずかではあるが。
「年間通しての平均温度は、北の方が高くて、南の方が低い。特に、ここ最北端、天権は、雪が降らない。代わりに、光焔こうえんが降る」
「北と南の気候は、日本と逆なんだね。その、光焔って何?」
「光焔は、火気が強まる夏に起きる現象で、熱を含んだ光が空中を舞うんだ。あまり降り過ぎると火事や極度の乾燥が起こることもある」
「へ、へぇ……」
 こっちの世界では火が降るらしい。雪よりかよっぽど危険な気がする。
使族しぞく間族げんぞくでも竜系のものは寒さに弱いから、暖かい北に多い。反対に獣系は寒さに強いから南に多い。鳥系は特にかたよりはないけど、天権には少ないね」
「使族? 間族? 種族とか、やっぱりあるの?」
 セツは、これは教えられていると思っていたらしい。少し驚いたような顔をしたが、丁寧に説明してくれる。
「種族には、使族、人族じんぞく、間族がある」
 言いながらセツは指を三本立てた。全部で三種族ということだろう。レイは必死に単語を頭にたたきこんだ。
「使族は、獣、鳥、竜の三種がいる。獣はけもの、鳥は鳥の姿、竜は竜の姿をしてるけど、それ以外姿を変えられないし、気術も使えない。まぁ、例外はあるけどね。言葉を話せるものもいるけど、話せないものの方が多い。王は、王使獣だけ自分の護衛として契約させることができる。王使獣として使えるのは、使族の中でも長生きして、力の強いものだけだけどね」
 ふんふん、とレイは頷く。城の外の街で見た獣や、鳥たちはこの使族だろう。おそらく、生活しているところを見ると、言葉を話せるものたち。話せないものは多分、野山に生きているんだろう。日本でたまに出会う、野生動物のような。
「人族は、名の通り人の姿をしているものが多いね。獣や鳥の姿を少し持っているものもいるけど。これも姿を変えることはできないけど、気術は使える。言葉も教育すれば普通に話せるよ」
 人族、つまりは人間ということか。髪の色はちょっと異様にカラフルだったけれど。竜や獣の頭を持った竜人や獣人もこの種族だろう。
「あっ、じゃあ、俺も人族だね」
「いや、違うよ」
 セツ、即答。レイは驚いて目をまるくする。
「へ? 俺は人間だよ、どこからどう見ても。セツや双幻もそうだろ?」
 セツは困ったように頭をかいた。
「オレも違うよ。お前もオレも、間族」
「げんぞく? 何、俺は人じゃないの?」
「人族とも、使族とも違う。間族は、人族と使族、両方の姿を持つもの。獣、鳥、竜の本性の姿から、人の姿に変われる。それぞれ、獣間じゅうげん鳥間ちょうげん竜間りゅうげんって呼ぶ。気術も使えるし、言葉も覚える」
「人族と使族、両方の姿を持つって……ケモノとかトリとかに、変身できるってこと?」
「そう」
 セツが頷いた。信じられず、隣で寝そべっている穹天にも目を向ける。穹天も頷いた。
「レイ様は竜間ですよ。あなたの祖母、ナルハ様もそうでしたし」
「竜間……て、ことは、俺は竜の姿になれたりするの? まさか」
 この自分にそんなファンタジーじみた設定があるものかと思ったが。
「まさかじゃない。なれるよ」
 セツは真顔で答える。
「嘘だぁ。そんなの信じられないよ。だいたい、俺一度も竜になったことないしさ」
「まあ、そうだろうね。でも、レイは確実に竜間だよ」
「そんなこと言われたって……じゃあ、変身して見せてよ。セツもなんかの間族なんだろ?」
 言われて、セツはニヤリと笑った。
「命令とあらば変わってもいいけど。オレは別に気にしないけど、もともと間族はあまり獣形の姿には変わらないんだ。獣形の姿でいるのは恥ずかしいこととされてるからな。一生変わらないものもいるくらいで」
「一生って……それじゃ、人族と見分けつかないんじゃ? やっぱり俺、普通の人族だよ」
「人族と間族の見分けは、気を読む力が強くなればわかるようになるよ。それに、王は間族だっていう暗黙の了解があってね、王様は絶対に間族。歴代王に使族や人族はいないんだよ。昔あった差別なんだけど、間族が最も上、人族が中、使族が下、とみる習慣が残ってて、王の傍に控える臣下に使族がいるということもめったにない。まぁ、ここの……」
 そこまで言うと、セツはしまった、というように口をつぐんだ。きまりが悪そうに視線をそらす。
「ここの、何?」
 レイももちろん不思議に思って訊ねてみたが、セツは答えなかった。変わりに事車がレイの肩に飛び乗ってぴょんぴょんはねる。
「レイさま、玉衝の使いの方が気になります。行ってこっそり聞いてきましょう。ねっ」
 ここの何がどうなのかも気になるが、事車の言うことも気になるので、とりあえずレイは頷いた。
 穹天によると、玉衝からの使いが来ているのは、王室のある階の一つ下、三階の奥の部屋だということだった。薄暗い、赤いじゅうたんをひいた長い廊下に、人族か間族と思われる青色の軍服を着た兵士たちが両側ずらりと並んでいる。この青と銀色は、天権国のシンボルカラーなのだそうだ。
「これは、こっそり行かないとだめなの?」
 王とわからないよう、手の甲の王印と王玉は服の中に隠しているのに、さらにこんなに慎重にいかなければならないのだろうか。
「玉衝に王の顔がまだ知られていないとは言え、それでも子供がうろついていては不審がられます。しかし、こんなに警備が厳重だとは思いませんでしたね」
 太い廊下の柱の影に隠れながら、セツと穹天とで様子をうかがう。頭上のランプの灯が、穹天とレイとセツ、その頭に乗った事車の影を映し出していた。影だけ見れば、さながらブレーメンの音楽隊だ。
「玉衝め、いまさら使いだなんて何のつもりだ?」
 穹天が低く唸る。レイの頭の上で事車が跳ねた。
「ぼくが見てきましょうか?」
「事車が?」
「ぼく、気配消すのとくいですから」
 本当に? と穹天に視線を向ける。穹天は頷いた。
「事車は偵察に向いてますからね」
「じゃあ、事車、お願いできる?」
「はいです」
 レイの言葉に、待ってましたとばかりに事車が飛び立つ。並んだ兵たちの一人目を通り過ぎる瞬間、事車の姿が薄く、半透明になった。
「あ、透けた」
「気配を消したんだ。王使獣がいるとなれば、王が近くにいると兵たちにばれるからな。ちなみに、気配を消した事車の姿は主である王と、消える瞬間を見たものにしか見えないんだ」
 セツが得意げに説明してくれる。
「事車、意外にすごいんだなぁ」
 事車が消えてから穹天やセツと雑談をして待つこと数十分。使いが招かれている部屋の扉が開いた。並んだ天権の兵士たちに緊張が走るのがわかる。穹天が言うことには、使いの中に王の暗殺を狙う者や、突然攻撃をしかける者がいるからだとか。過去にそんな例があったらしい。
 扉から最初に出てきたのは二人の青服の天権の兵で、次に出てきたのは見慣れない赤い服の兵士が数人。髪・目の色こそやはり様々だが、この国の人ではないことがわかる。胸に違う国の印がついていたからだ。やはりシンプルな、噛み合わせた獣の牙のような印。セツが、この印を付けた赤い兵士が玉衝の兵だと小声で教えてくれた。
「うわ、なにあの人。凄い美人」
 その玉衝の兵に囲まれるようにして、中央に背の高い一人の女性。髪はブルーグレーのショートカットで、目は群青。その目つきは鋭く、歩き方から腕の振りの何から何まで堂々としているところは、双幻と似たものを感じさせる。年は二十代後半といったところか。きちっとした赤い軍服を身につけたスタイルはかなりグラマーだ。
「玉衝の……王護使」
 穹天が唸る。感情を押し殺したような声だ。
「えっ、玉衝の王護使? あの人が?」
 扉から最後に出てきたのは海神。眉間にしわを寄せて、とても辛そうな顔をしている。
「あ、事車」
 海神の頭には半透明の事車が乗っていた。頭のふさふさした触角をげんなりと垂らして、顔を伏せている。海神の足取りは重く、玉衝の勅使たちよりずっと遅れてあとに続いていた。
「どうしたんだろ? 何かあったのかな」
 呟いたレイに穹天が、静かに! と小声で警告する。玉衝の兵と玉衝の王護使らしき女性がレイたちのすぐ近くまで来ていたからだ。レイたちはできるだけ柱に体を押しつけ、見つからないよう息を殺した。最初に天権の兵、玉衝の兵、王護使の女性……とレイたちの目の前を通り過ぎていく。
 玉衝の兵たちが通り過ぎ、玉衝護使の青と赤のコントラストのうしろ姿を見送って、レイはほっと胸を撫で下ろした。――瞬間。
「お前は!」
  鋭い女性の声がして、レイははっと顔を上げる。刹那に見えたのは、玉衝兵たちの赤の中に映える、振り返った玉衝護使の驚いたように見開かれた青い目、そして、銀の軌跡。
 レイのすぐ側で金属の鋭い音が鳴り響き、他の音が一瞬消えうせる。
 レイは反射的にかばった頭をそろそろと上げた。音が戻ってきた。顔を上げて、すぐ目の前に銀の光。
「うっわぁ!」
 叫んで背中を思い切り背面の壁に打ち付ける。
 斬られた? どこが? 死ぬのか?
「驚くの、遅いから」
 すぐ傍からあきれたような声。声の方に目をやる。
「セツ……」
 白髪の青年が、レイを守るように長い剣を構えて立っていた。目の前に見えた刃はこれだ。足元を見ると、刃渡り十センチほどのナイフが落ちている。セツの剣がこれを受けて、守ってくれたのだと考えなくてもわかった。
「貴様!」
 穹天の低く、恐ろしい声がした。レイははっとナイフを放った者の方を見る。穹天が玉衝護使の女性に飛び掛ったところだった。
 青髪の女性はチッと舌打ちして、手に握っていたものを床に投げつける。
 爆発音と共に濃い煙が噴出して、お約束の展開通り、煙が晴れたときには玉衝兵の姿も、女性の姿もなくなっていた。
「レイ様ーっ!」
 唖然としているところに、海神が全速力で駆け寄って来る。その目が潤んでいた。駆け寄る勢いそのまま、思いきり抱きしめられる。竜の力で。
「うっ、海神……苦し」
「ああっ、レイ様、危ないところでした! 何故、こんなところにいらっしゃったのですか?」
「……俺が悪かった。しかし、気配は完全に絶っていたというのに」
 戻ってきた穹天が忌々しげに吐き捨てる。
「ぼくもちゃんとご報告に行っていれば……」
 事車の姿が半透明から普通の可視度に戻った。ただでさえ落ち込んだ様子の事車がさらに縮こまる。ふわふわの毛までが収縮してしまってみすぼらしい。
「あっ、あの、俺には何がなんだか」
 海神から逃れながら、レイはやっとこ言葉をしぼり出した。いまさらになって心臓がばくばくいっている。
「玉衝の王護使にこちらの王使獣が見つかってしまいました。同時に、新王が就いたことも知られてしまったでしょう。しかし、どうやってレイ様を王と見破ったのか……」
 海神が泣きそうな声で呟く。金属音とともに剣を収めながら、セツがにやりと笑った。
「王になって一日目で命を狙われるとはね。前途多難だ」
 まったくだ。しかし、セツが助けてくれなければレイは死んでいたかもしれない。
「セツ、ほんとうに、助かったよ。ありがとう」
「まぁ護衛がオレの仕事だし、礼には及ばないよ」
「でも、レイ様がご無事で本当によかった。玉衝め、絶対許しません!」
 海神が赤い瞳を燃やす。
「そういえば、玉衝の使いの用件ってなんだったの?」
 おそるおそる尋ねると、とたんに海神の目が潤んだ。まったく喜怒哀楽の激しい護使だ。
「それが……玉衝は、正式に宣戦布告をして来ました」
 宣戦布告。
 うつむいていた事車がさらに体を縮める。脱水をかけたみたいになってしまった。事車は、この事実を聞いて、レイに報告に行く気力もなくなってしまったのだろう。
「玉衝は今まで、天権の端から戦力を削ぐように襲ってきていました。しかし、これからは、全勢力を持ってこの王都に攻めてくると。この天権国を完全に落とそうとしているのです」
「……つまり、完全に戦争になるってことか」
 セツが腕を組んで呟く。
 日本ではあまり現実的には聞かない言葉。
 王になったら、戦いになる、こうなるかもしれないと、心のどこかでわかっていたはずなのに、実感がわいてこない。
「玉衝と、戦争」
 重い沈黙が降りる。
 レイが王になって初めての事件は、最悪だった。
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