竜の軌跡
--1--
雪が舞っていた。
人の体温をはらんでぬるくなった教室の窓ガラスは、外気との温度差によりうっすら曇っている。
耳から入って抜けていくのは、聞き慣れてもう風景と同化しつつある、クラスメイトの声。
意識半ばに聞き流していた彼だが、男子の低音の嘲笑と、女子の耳にくるソプラノが混ざり合った雑音の中のひとつの名前に、ぴくりと反応した。
「……ミズモリレイだっけ?」
「そうそう、あの窓際の」
女子達の新しい話題の的は、一人の少年に移った。彼の名は準レイ。
カタカナで、レイ。母は、どんな気持ちでこの名を付けたのだろう。
「あいつってさ、なんか影薄いよね」
「ああ、でも一部の間では厄病神とか言われてるらしいよ」
「厄病神?」
「そう、あいつの近くにいると不幸になるんだって」
――こいつのそばにいると不幸なことが起きる。
そう言ったのは、レイの一番の親友だった。思い出すといたたまれなくなり、レイは女子のおしゃべりから意識を背ける。
三時間目の始業を告げるチャイムが響いた。ぺちゃくちゃ引っ切り無しに喋っていた女子達が席に着き始め、男子の集団が教室に走り込んでくる。
レイは教科書を机の上に出し、今日何度目かになる、溜め息をついた。次の授業はレイの嫌いな英語であった。英語は別段苦手ではないのだが、英語担当の先生が、レイを嫌っているのか、気に入っているのか、やたらレイを指名し、もてあそぶからだ。
英語の時間中、レイは三回も指名された。それ以外は変わったこともなく、やはりつまらない授業だった。
三時間目が終わると、悪名高い男子の集団がレイの机の周りに集まってきた。もちろん仲が良いわけではない。
リーダー格の男が意地の悪い笑みを浮かべ、レイを見下ろす。名前は……確か、近藤隆。
「今日もセンコーのお気に入りだったみたいだな? レイくん」
下品に笑いながら、近藤の仲間が笑う。彼らの耳についたピアスがちらちらと揺れた。
「英語ペラペラ喋りやがって。お前日本人じゃねーんじゃねぇの?」
レイは無表情のまま、黙っていた。こういうときは下手に何か言うとよけいめんどくさくなる。黙っているのが一番だということを、レイは学習していた。
「俺等にも英語教えてよ〜、レーイ?」
「教えてよ〜。ミスター・ミズモーリ・レーイ」
ふざけた英語口調でからかう。四、五人の近藤仲間がけらけらと笑った。
周りの目線を感じる。クラス中がこのショーを楽しんで、見ているのだ。
黙ってうつむいていると、近藤がレイの襟元を掴んで椅子から引き摺り上げる。言葉が通じないとなるとすぐ暴力に走るのがこの年頃の男子たちだ。
周囲を横目でチラリと見る。見て見ぬふりのつもりか、こそこそこちらを見ている女子、面白そうに見物している男子。
――俺は見せ物じゃない。
ふつふつと怒りが湧いてきた。せめてもの抵抗とレイは無言で近藤を思い切り睨みつける。
その態度に腹が立ったのか、近藤がさらに強く襟元を掴んで、大きく腕を振りかぶった。
「テメェいい態度してんじゃねーか!」
殴られる。咄嗟に目を閉じた。
耳元で風音が鳴る。衝撃に堪えようと身を固くしたとき、急にぐいっと強い力で襟元をひかれた。
カーテンがこれ以上ないほどはためく。レイの背を、開いた窓から突如吹き荒れた突風が押し上げた。窓枠がたがたと激しく唸り、次いで胸元を掴んでいた力が乱暴に引き剥がされる。その反動でレイは椅子に背中を打ちつけた。
レイの腕にはまった銀色の腕輪が背もたれにぶつかり、きいんと高音を響かせる。同時に大きな鈍い音、そして沈黙。
やや遅れて悲鳴が上がった。
被害者はレイではない。近藤が、レイからまっすぐ前の壁に叩きつけられていた。
レイはぽかんとして彼を見る。近藤は一度うめいたきり、動かなくなった。――まただ、と声が聞こえた。
幸い、近藤は頭にたんこぶを作っただけで、他に外傷なく済んだ。
慌ててかけつけた先生達は、生徒達が不可思議な事を口をそろえて言うので、わけがわからず首をひねるばかり。
それも当然、ものすごい突風がきて、人が吹き飛んだと言うのだから。
しかも、一部の生徒は準レイがやったのだと言う。前の事件と同じです、と。
そう、レイは前にも一度、目の前でこんな風に人が吹き飛んだのを見たことがある。
以前まで、親友だったひと。
今の日常を凪と突風と例えるならば、その事件が起こる前の日常は、ゆるやかな波のようだった。
親友とくだらないことで笑って、授業のつまらなさを嘆いて、ゲームの話をする。それが日常であったのだ。
ずっと続くかと思われた、退屈で平和な日常。その日常が今の日常に切り替わったのは、あの「事件」が原因だった。
その日は、下校中に親友とけんかをした。別段珍しい事でもない。
ただ、そのときはお互い感情的になってしまい、力を使ったけんかに発展してしまった。
運動の苦手なレイが体格のいい親友相手に敵うはずなく、まさにレイが負けの一発をもらう、というその瞬間に、「事件」は起きた。
殴りかかったはずの親友が逆に吹き飛ばされたのだ。原因は、突風に煽られて舞い上がった枯れ木が偶然にも彼を直撃したから。
頭から血を流しながら彼は、ふるえる手でまっすぐレイを指さして、ひどく恐れたように表情を歪ませていた。
「化け物」
急な出来事にけんかしていたことも忘れ、慌てて駆け寄ったレイに対して親友が発した言葉はそれだった。
事故は偶然以上のなにものでもない。しかし、彼ははっきりとレイを見てそう言ったのだ。
目撃者も本人もレイを指差し、「こいつがやった」と言う。
噂は瞬く間に広がった。もちろん、大人はそんな非現実的な話を信じず、子供のけんかによる事故ということで片付けてしまったので、噂は学校内に留まることになったのだが。
それからだ。友人たちに小さな不幸が立て続けに起きるようになったのは。
――持ち物が急に壊れる、落ちてきた植木鉢の下敷きになりそうになる――。
友人たちはレイを避けるようになり、親友は全くレイと関わろうとしなくなった。レイの側にいると不幸になる、と残して。
そう、不思議なことにレイ自身に悪いことは起きていない。強いて言えば、友人をなくしたことが最大の不幸だろうか。
――どうして俺だけこんな目に合わなきゃいけないんだ。俺は何もしてないのに。
やり場のない疑問と虚無感。
その日は一日、突き刺さる視線と心ない言葉から身を守るようにレイはずっとうつむいていた。
「レイ、どうかしたのかい?」
家に帰るなり、声をかけてきたのは祖母だ。
レイの父母はレイが小さい頃から海外で働いており、一年帰ってこないということも珍しくないので、レイにとっては祖母が唯一の家族であり、心の拠り所だった。
「べ、別に」
できるだけ表情が固くならないように努めたはずだったのだが。
「またなにかあったの?」
昔からどうも祖母には隠し事ができない。
「……ちょっとまた人を不幸にしちゃったみたい」
傍から聞けば冗談みたいなことなのに、祖母は硬い表情でレイを見上げた。心底心配している顔だ。前回の事件のとき、一番レイを心配してくれたのも祖母だった。
「えっと、大丈夫だよ、その人タンコブだけで済んだみたいだし」
「お前は大丈夫なのかい?」
「え、俺? 俺は大丈夫」
「そうか……」
言うなり祖母はうつむく。落胆したような、諦めているような、そんな感じにも見えるのがレイにはなんともいたたまれなかった。
「俺ってさ、厄病神みたいだよな」
ぼそりとつぶやいたその声に祖母が顔を上げる。
「厄病神?」
レイは半分冗談のつもりだったのに祖母の声があまりにも低かったのでぎょっとした。
「うん、偶然とはいえ……人を二回も吹っ飛ばしたみたいだし。他にも俺と一緒にいた奴に不幸が続いたとかさ」
いっそのこと不幸の神様でも目指すか、と暗い雰囲気を吹き飛ばすようにレイは付け足したが、祖母の顔は緩まない。
「あ、もうこんな時間。俺夕飯作るから!」
沈黙に耐えられなくなってレイはその場から退散することにした。
「厄病神、だと」
キッチンに向かう途中に小さく聞こえた祖母の言葉が、何故かやたら耳に残った。
近藤の事件から数日経って、しばらく噂が飛び交った教室はようやく落ち着きを取り戻していた。
あの事件以来、レイの周囲は静かなもので、近藤なんかは恐れてレイに近付かなくなった。一歩離れたところでブツブツ恨みを吐いているようではあるが。
しかし、そんな日常も早々に終わりを告げる。
予感とか、そういうものは全くなかった。地震が突然起きるように、変動というのは唐突に起こるもの。
――例え、人ひとりの人生を180度変える大変動だとしても。
授業も終盤、あとは終了の鐘を待つのみ、というときだった。
レイの席の横にひとかかえもありそうなくらい大きな光球が出現したのだ。
光の玉、というよりは空間そのものが輝いているような。熱はなく、光が圧力を持っている。中央から白い火が零れて軌跡を描いた。
クラス中がどっと騒がしくなる。次々に立ち上がる生徒達。レイも後退りながらゆっくりと立ち上がった。
不幸にしろ偶然にしろ、超常現象が続きすぎじゃないか。冷静にそんなことを考えている自分がいる。
「、イ……」
耳が音でない音を拾い上げた。声が聞こえる?
レイの目が光に釘付けになった。
その光球からは引力のようなものが発せられているようで、レイを強く、強く引き寄せる。レイは、光球から発せられる不思議な引力と、逃げようとする身体の間で、動く事ができなくなった。
「れ……イ」
俺を呼んでるのか。
クラスの生徒達は教室の外に逃げ、友達と集まってレイと光球を指差し、騒いでいる。バケモノ、と聞こえた。先生がそこから離れろ、と叫んでいる。
しかし、レイの心には声が届かなかった。光を見つめるうちに、頭の中がぼんやりして、自分のすべき事がわからなくなる。引力に負けたのか、身体から力が抜けていく。レイは知らず知らずのうちに光球に近づいていった。眠りに入る瞬間のような倦怠感。
終業の鐘が鳴った。
――身体が、勝手に……。
右手が光球に触れようと持ち上がった。ひどくだるい。
――なんで? どうして俺だけが。
わずかに残った理性が問う。
右手が光球に触れた瞬間、体全体が水中に引きずり込まれるような圧力に覆われた。視界のすべてが真っ白に彩られ、教室がうすくうすく歪んで見えなくなる。終業の鐘がフェードインして消えていく。同時に騒がしい声もぜんぶ消えていった。
「……ん? あれ」
自分の声が遠い。気付くと、闇の中にいた。下も上もなく、ふわふわしている。
頭に、眠気をこらえる時の僅かな疼痛があった。意識がとても曖昧で、夢だろうが現実だろうがどうでもいい。とにかく、眠りたい。
ふと、視界の中に白いものがちらつく。
正面にぼんやり光る物が三つ見え始めた。それはだんだん大きく、はっきり見えるようになる。近付いてきている。ぼんやりした意識の端っこで思った。
それが数メートルほどまで近くなると、その光が、何かの生き物にくっついているのがわかった。その姿はぼんやりとしか見えないが、角があり、ゲームでよく見るドラゴンに似ている。
全部で三頭、それぞれ一匹に一つずつ、首に光る玉をつけていた。
ドラゴンのような生き物は側まで来ると、大きなこうもりの翼を広げて前に降りてくる。そして、首を垂れてぺこりと一礼。……そのように見えただけかもしれないが。
三匹のうち一匹がレイに背中を向ける。振り向いて長い尻尾を静かに振った。
「乗れってこと?」
ひどい眠気の中で、小さく生き物に訊ねた。肯定するように、ドラゴンは尾をぱたりと振る。
レイは生き物の尾に足をかけ、背中にしがみついた。翼の付け根を掴む。ああ、恐竜に乗ると、こんな感じなんだ。ざらざらとした皮膚を撫で、もうろうとした意識の中で漠然と思った。
ドラゴンは、静かに翼を広げると、ゆっくり舞い上がる。両側にいた他の二匹も飛び上がった。そして、そのまま急に高度を上げ、飛び始める。上昇する強い風圧に、ずり落ちそうになったがなんとかしがみついて堪えた。
辺りはひたすら真っ暗で、ぬるい風がレイの頬を撫でなければ、進んでいるのか止まっているのかわからない。
どれくらい飛んだか分からなくなるころ、前方に裂け目のような白い光が見えてきた。
光の中に風景のようなものが見える距離になると、突然ドラゴン達は加速し、ためらわずそこに飛び込む。
「うわっ」
強い風が吹き抜ける。ドラゴンの角を掴んで風圧に耐えながら、レイはあまりの眩しさに思わず顔を覆った。闇に慣れた目が突然の光を受けて眩む。眠気と疼痛が一度に吹き飛んだ。
しばらく飛んでいると、目が少しずつ光に慣れてくる。レイは手をそっと外し、目を開けてみた。
「すごい……」
映像でしか見たことのない、見渡す限りの鮮やかな緑の草原。そして、清々しいほどの青い空。ぬるかった風が、清々しい涼やかな冷感を帯びている。振り返ってもさっきの闇はなく、ただ草原が延々と続いていた。
「わっ、と」
驚きで思わず手を滑らせ、慌ててドラゴンの角を掴む。
背中に嫌な汗をかいた。ここは上空だ。落ちたらひとたまりもない。
ひとつ安堵の息を吐いて、眼を閉じ、また開く。
手元を見る。ざらざらした皮膚に覆われたその生き物はやはりドラゴンに似ていた。ただ、ゲームの中のドラゴンのような勇ましさはなく、ゆったりした首はどこか草食恐竜のような雰囲気。
ばさりと翼が空を打ち、レイの髪がはためいた。
レイはもう一度、目を閉じ、大きく息を吸って、吐いて、それからまた眼を開く。やっぱり上空で、レイはドラゴンの上にいた。
「えーっと……ここどこですか」
とりあえず、ドラゴンに話し掛けてみる。ドラゴンは黒くて大きな瞳を一度こちらに向けただけで、何も答えなかった。
――なんだろう、これ。
頬に心地よい風を受けながら、辺りを見回す。自分の足の下で緑の波が爽やかに流れていく。
夢か。夢だろう。ちょっとこれは非現実的すぎる。人が吹き飛ぶよりもずっと。
そのまま飛びつづけると、遠くの方に街のようなものが見えてきた。中央に大きく壮大な城と、その下に群がる街。それを囲う城壁。そしてそれをさらに囲う、鋭く険しい山々。
しばらく街を見つめて、レイはほっと息をついた。
人がいる。良かった。夢とは言え、独りじゃちょっと心細かった。
しかし、街にかなり近づき、はっきり見えるようになって、レイは街中を歩く人々を見て鳥肌が立った。
人、じゃない。
人も、確かにいる。が、髪や肌の色がまさに千差万別。黒や金髪だけではない、赤や青、緑に黄色と色とりどり。さらに、その中に混じってトカゲが、犬が、鳥が、服を着て歩いている。
それは、レイが今まで目にしたことがない光景だった。明らかにレイが元いた世界とは違う。夢だ。間違いない。
ぼーっとしているレイを乗せ、賑やかな街中を超えて、ドラゴンは街の中心的建物、壮大な白い城に向かっていた。
近付くたびに、その大きさと精巧な作りに驚かされる。
西洋の古城のような鋭い屋根が何本も空に向かって伸び、その先には、風にはためく、銀色の簡単な文様が描かれた濃い青の旗。城自体は白い材質でできているようで、日の光を浴びて、真珠のような輝きを放っていた。城の中央に位置する、一番大きな円柱型の建物の先には、荘厳な表情の龍の石像が巻きついていて、なかなかカッコイイ。
その建物の上部に、開け放たれた大きな窓があり、上品なルージュのカーテンがはたはたと風に煽られている。近付くにつれ、そのカーテンに施されたレースの模様もハッキリと見てとれるようになる。更には部屋の中も見えてきて……。
ドラゴンは、一直線にその部屋に向かっていた。
「ちょ、ちょっと!」
勝手に城の一番大きい部屋に飛び込もうだなんて! レイは慌ててドラゴンの角を引っ張ったが、彼らは全く動じず、スピードもそのまま、その開け放された窓に飛び込んだ。
風に煽られて広がったカーテンがレイの体に巻きつき、レールから布が破けるブチブチという音がリアルに響く。そのままカーテンに引っ張られて乗っていたドラゴンから転げ落ち、レイは平らな面に体ごと突っ込むことになった。
慌てて視界を覆うカーテンを引き剥がす。一息ついて顔を上げると、目の前に目があった。
「うっわぁ!」
叫んで飛び退る。目の前にいる生き物が首を伸ばしてレイの顔を覗き込んだ。
竜だ。白い竜。真っ赤な紅玉の瞳と、銀の角、金のたてがみをもつ、正真正銘、中国神話、伝説の竜。
「よくいらっしゃいましたご主人様」
「へ?」
言ったのはまさしく目の前の白い竜。レイは呆然と彼を見つめた。
竜が喋った? いや、竜自体伝説上の生き物であるから、喋ったりなんかもするのだろうか。
「お待ちしておりました……!」
竜は目を閉じて天井を仰ぎ、長いひげをしならせた。感極まった様子だ。涙をこらえているようにも見える。
レイもつられて天井を仰いだ。いつの時代だ、と訊きたくなるような、すばらしい大貴族の部屋だった。天井も壁も城と同じ純白、下に敷かれたじゅうたんと天井から下がる布はカーテンと同じルージュで、金の縁取り。そして広さは学校の体育館の半分程もあった。奥に見えるのは、どこかの貴族が使っていそうな、天蓋付きの巨大なベッド。きっと布団は高級な上に、ふかふかに違いない。レースのカーテンが閉じているから、実際にはわからないが。
きょろきょろしていると、竜がレイを見つめているのに気付く。なんだと首をかしげると、竜は紅玉の目を細めた。
「ああ、まだこんな幼くていらっしゃる。どことなく面影も……」
「? というかここはどこですか? 夢なら夢と」
言いかけたレイの言葉を竜が遮る。
「混乱するのは無理もありません。全て説明致します」
鋭い爪のある手で制され、レイは口をつぐんだ。
このまま話すのも失礼ですし、と竜は部屋にある美しい装飾が施された机にレイを手招きする。
重く冷たい椅子に着くと、竜は口早に説明を始めた。開け放された窓から風が入り、竜のたてがみを金の波のように撫で上げる。
「ここは、あなた様の世界、日本にもっとも近い別時限、龍、という世界です」
「龍?」
「そうです。そして、ここは天権の国、炎水州、山護の、天権浅葱城。あなたは、この天権国の主、国王になる方です」
レイは繋げられた単語の意味が理解出来ず、話を続けようとする竜を逆に手で制した。
「あるじ? こくおう? ちょっとちょっと、いきなりそれは……すごい夢だな」
「夢じゃありません」
竜が真剣な面持ちで断言する。
「この国の前王様が先日……お亡くなりになられました。そこで私達は次の王を見つけ出すため、王玉の光に従ったのです」
言うその顔は、とてもとても苦しそうな表情。この竜は前王とやらのことを慕っていたのだろう。
「王玉の力は光となって連なる王の血族を指し示す。前王、清風様が亡くなり、王の血は絶えたものと思われました。しかし、王玉は別次元に王の血族がいることを示した」
キヨカゼサマというのがその前王の名か。しかし、オウギョクノチカラだとかオウノケツゾクだとかやけにファンタジーじみた言葉の方は理解できない。
「光の先の王の血族……それが、あなた様なのです」
竜の目がレイを見据える。
「俺が王の血族? やっぱりゆ……」
「夢じゃありません!」
竜が叫んだ。レイは気圧されて思わず仰け反る。
「夢じゃないって? それこそおかしいよ。こんなことあるわけない」
「あるんです。夢じゃありません」
その自信は一体どこから沸いて出ているのか。だいたい夢の住人がそれを言っても説得力ないぞ。
「レイ様、早く王座にお就きください」
ゆっくり、はっきりと。白い竜は真剣な面差しでレイに言う。
「一刻も早く、この国を、治めてください」
「そんなこと急に言われても。まぁ夢なら……」
レイが困ったように頭をかくと、竜は焦れたように耳をぴくりと動かし、髭を器用にぱたぱた振った。
「夢と思うのなら、夢でも構いません。とにかく、王となって下さい!」
そんな無茶苦茶な。しかし、彼の真剣な顔を見ると、とてもお遊びには思えない。適当に返事をしてしまっていいものだろうか。
なんとなくだけれど、この竜の感情は、本物だと感じる。悲しくて、辛くて、でも泣けないのだろう。泣いている暇がない……そんな感じ。
「……どうすればいいかわからないよ」
こんな状況下に置かれて、簡単に納得できる人がいるわけない。
ましてや、王になれだなんて。
でも、頭のどこかですべての出来事を受け止めている気がした。それこそ、本当になんとなくだけれど。
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